松田聖子 『風立ちぬ』 のSACD/CD ハイブリッド盤を聴く(その1)

去年の11月に『Candy』SACD/CD盤のレポートを書かせて頂いたが、その時のお約束通り今回は『風立ちぬ』のSACD/CDハイブリッド盤のレポートをお送りする。
このSACD/CDはSony Musicと雑誌Stereo Soundの共同企画で、第1弾が『SQUALL』『風立ちぬ』、第2弾が『Pineapple』『Candy』、第3弾が『ユートピア』『SUPREME』の計6枚となるが、購入したのは『SUPREME』を除く5枚で、その内、かつて最も聴き込んだアルバムが、この『風立ちぬ』だ。アナログ盤から数えれば今回で4枚目の購入だが、実はBOX等を含めればCDだけでも5枚は出ている。最新のCDは「Blu-spec CD2」規格のものだが(MHCL30110)、リマスターが違ったりディスク素材や規格に違いがあるので、単純には比較できないし、それをやろうとすれば膨大な時間を費やす事になるだろうから、今回は単純な印象を述べるだけのレポートとなる事をお許し願いたい。
ところで、前回の『Candy』購入時には既に『SQUALL』『風立ちぬ』『Pineapple』が売り切れで臍を噛む思いをしたのだが、第3弾の発売に合わせて目出度く再プレスとなった為、すかさずまとめて購入した。しかし、それがいけなかった! まずは最新の『ユートピア』で再プレス商品到着までの間を繋ごうと思っていたのに、全商品まとめて発送という事で、なんと商品が手元に届いたのが、つい先日の事。いや〜、長かったw (販売はこちら。)

このアルバムはご存知の通り、A面のサウンド・プロデューサーが大滝詠一、B面が鈴木茂(シングル「白いパラソル」を除く)となっており、A面のエンジニアは吉田保だ。今回SACD化されたアルバムは、元音源がデジタル・マスターである『SUPREME』を除き、すべてがアナロ・グマスターとなっており、DSD変換にあたっては、最小限のイコライジングと音量調整のみが行われたとの事。判りやすくいえば、今流行の"フラット・トランスファー"というやつだ。この考えは、音そのものを発売当時のアナログ音源に極力近い形で再現しようというもので、これは情報量が桁違いに多いSACDにとって最良の選択であると言える。必要以上の不自然な音圧上げを行わなくても、しっかりと元の音を再現出来るからだ(付属の「SACD PRODUCTION NOTE」にはラウドネスによる音の変化を防ぐため、極力大きな音で再生するよう注意書きがしてある)。



では、早速聴いてみよう! 1曲目「冬の妖精」。イントロのギターが聴こえた瞬間、いきなり異次元へ持って行かれる! これは、今まで聴いた事のない『風立ちぬ』だと確信する! ありきたりの表現で申し訳ないのだが、ベールが1枚も2枚も剥がされたという印象だ。例えば、冒頭の歌が入る部分、♪冬に〜咲く薔薇を〜あなに〜あ〜げるわ〜、の部分で、ベースがぶーんと4回鳴るのだが、ただベースが鳴っているのではなく、明らかに弦の震えが判るほど、細かなディテールがしっかりと再現されている。しかし、SACDってのは、こういう事をいとも簡単にやってのけるのだから大したものだ。曲中何度か登場する、姫の「あ〜ん」(歌詞カードでは"Ah"だけどw)が悶絶もので、CDとは完全に次元の違う「あ〜ん」だw 2曲目「ガラスの入江」。1曲目とはがらりと変わって、おとなし目の曲調だが、これはボーカルに力量がないとかなり難しい曲だ。一聴するとサビ頭と思いきや、実はこのテーマはここでしか登場しないので、まあ、いきなり冒頭がハイライトみたくなっているのだ。最初のポロンと鳴るギターの音色からそれに続くしっとりとした歌声、しかしそこには、しっかりとした決別への意志が感じられる。派手な曲ではないからこそ、ボーカルや各楽器の細かな部分までがしっかり再現されなければならないのだ。それにしても、SACDは音が上品で柔らかい。低音から高音まで非常にしっとりとした音で、とげとげしさのかけらもない。だからと言って、決して音がくぐもっている訳ではないのだ。3曲目の「一千一秒物語」では、打って変わって派手なリバーブとなる。特にドラムやパーカッションでの処理が顕著なんだが、ただ、アコギを含めた主要楽器はだだっ広いスタジオで一斉に録音したそうで、そういった、単にリバーブ処理だけに頼らない自然な音場が、実はナイアガラ・サウンドの要になっているとも言える。さて、お待ちかねの4曲目「いちご畑でつかまえて」w。この曲はバッキングを作る際、鈴木茂がうっかり男性キーで構成してしまったので、本来ならコーラスに当てるはずのメロディを本メロに使っている。何となくへんてこりんな印象を受けるのはこのためで、しかもエンディングに、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のギミックを導入したため、益々意味不明な曲になってしまっている。まずは、イントロのギターで思わずむむむと唸ってしまう。何度も書くが、いきなり別次元の領域である。キモとなるのは軽快なテンポを刻むベースだが、今までのオケに埋もれがちだったベースとは違って、くっきりとしたディテールを持つが、決して出しゃばり過ぎないのがいい。そして、ついにあの姫のくしゃみ!! これは、今までに聴いた事のない「クシュン!」だ。今までどのCDにも、ここまでの可愛さを持ったくしゃみは収録されていなかった。まあ、考えてみれば、「クシュン!」なんていかにもくしゃみですよ的なくしゃみをするやつはいないけど、これは彼女だから許されたのかもしれないし、また、彼女に対してでなければ、こういうアイデアは絶対に生まれなかっただろう。因みにエンディングがFO、FIしないバージョンは大滝詠一『Song Book 1』(SRCL5011)に収録されている。さて、A面最後は「風立ちぬ」だが、ここでは大滝サイドを締めくくる大団円的な役割を担っているが、個人的に、この曲はナイアガラ・サウンドの、いや、日本のアイドル・ポップスのひとつの到達点だと思う。この曲はシングル曲なので、アルバムに先行して録音されているが、そのせいで他の4曲よりも、より一層リバーブが多めである。ナイアガラ・サウンドについてばかり語られる事の多いこの曲だが、この曲は詩が先行で曲を後から付けている。それゆえ、非常に詩の自由度が高い。♪すみれ、ひまわり、フリージア、という花の名前だけで季節の移ろいを表現するなんてのは、松本隆以外には絶対に出来ない。曲はサビ頭だが、冒頭から曲全編を覆い尽くすストリングス(井上鑑.arr)が素晴らしい。歌の語尾には悉く素晴らしいビブラートが掛っているが、このビブラートはやはり今までのCDとは別物で、彼女の生々しい息遣いすら感じる事が出来る極上のものだ。それにしても、それでも、彼女のブレスが殆ど聞こえないところが、そこらの凡百のアイドルとは決定的に違うところだろう。因みに、松田聖子の歌入れ(レコーディング)は3テイクまで、というのが定説だが、この「風立ちぬ」に関しては、大滝曰く「6テイクで、全て歌い切っている」そうだ。また、グリコのCMで使われたバージョンはオケも歌も別テイクで、『ナイアガラ・CM Special』(SRCL3215)に収録されている。
A面を終わったところだが、長すぎるので、この項、つづく。

風立ちぬ

風立ちぬ

  • アーティスト:松田聖子
  • 発売日: 2013/07/24
  • メディア: CD
NIAGARA CM SPECIAL

NIAGARA CM SPECIAL