ビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の50周年記念盤を聴く(その1)

ビートルズサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』("Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band"1967)の50周年記念盤。発売当初の喧騒からはや1ヵ月が過ぎたが、内容としては決して満足するものではなかったと明言したい。何か、もうひとつ、いや二つも三つも足りないものがあると感じたからだ。購入したのはスーパー・デラックス・ボックス・セットで、豪華なボックス仕様。上質紙を使った分厚く重いブックレットは、背表紙付きのかなり堅牢な作りで、その対訳ももちろん読み応え十分。酒のあてには十分すぎる内容で、汚さぬように細心の注意を払って熟読した。他にも、様々な付録が同梱されていて、こちらは正直申し分なかった。ただし、このボックスがスリップケースに収納されており、さらに帯に相当するものと糊付きの外装ビニール袋がかなり厄介で、聴く度にこの作業を行うのかと思うと眩暈すら憶える。ので、ブックレットを読んだ後は、ディスクを取り出して専用の収納ケース(こういう厄介な特別仕様から退避させるために買った)に退避させた。さて、とりあえずおまけには満足したのだが、前述の通り、物足りないのはそのディスク本体という事になる。まずは、この50周年記念盤の本体となるDisc-1のリミックス盤から。


想像以上の大きさと重量に驚く。スリップケースを外すと現れる、レコーディングテープの箱を模したボックスがカッコイイ!(まあ、アイデアとしてはありがちだけど)

[Disc-1 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』 ステレオ・リミックス盤]
まずリミックスの定義だが、オリジナルのレコード盤を作成する際、その元となるテープをマスター・テープと呼び、そのテープから新たに音を調整したものをリマスターと呼ぶが、リミックスとは、マスター・テープの元となったマルチトラックのテープまで遡って音を弄ったものである。リマスターが基本的には音自体を大きく変更する事ができないのに対し、リミックスはそれを任された本人の裁量でいくらでも変更する事が可能だ。したがって、その本人の解釈次第では、オリジナルの音と著しく乖離する場合が往々にしてみられる。しかし、オリジナルでは採用されなかった(が収録されていた)音や、小さくて聴き取り難かった音が聞こえるようになったりと、マニア心をくすぐる場合もあり、正に諸刃の剣とも言えるだろう。今回はオリジナルの4chマルチから、デミックス(リダクションでひとつになった楽器やボーカルを個々に分離させる作業)を行い、16トラック相当での作業となっている。
今回のこのリミックスも例によってジャイルズ・マーティン。言わずと知れたジョージ・マーティンの息子である。事ある度にこのブログでも言及しているが、私はこの人のリミックスが大嫌いでw 例えば、彼の代表的な作業である『1+』。これなどは、到底受け入れることの出来ない内容だった。だから、この『Sgt』の作業も、聴く前から懐疑的で、まあ、あえて、最初からそういった色眼鏡を掛けて聴いたわけだ。最初に聴いた時は、まあ、相容れない部分もあるが、及第点はあげてもよいかな?といった印象。実はこれには訳があって、そもそも今回のリミックスは、『1+』の時といささか事情が違う…というか、その方向性が最初から違っているのだ。つまり、『1+』の音は、これは友達ともよく話したのだが、要するにシリコン・オーディオ向け=イヤフォン向けのリミックスだったのだ。
例えば、こんな事を考えてみる。彼の父は女王陛下から"サー"の称号を賜る程の、世界的な名音楽プロデューサーで、正直、ビートルズの音の半分はこの人が作ったと言っても過言ではない。そんな父が関わった名曲のベスト盤をリミックスしろ、と言われたら、まず何をどう思うのだろう? 自分なら畏れ多くて辞退すること間違いなしだが、もしも、彼が極めて常識的で、いいひと、であるなら、きっと、冷静になって、どういった方向でリミックスしようかと、真剣に考え、悩み、そして世間の厳しい意見や(私のような)悪態をつく輩と闘わなくてはならない、なんてことも考えるだろう。要するに、それを全て解ったうえでの作業なのである。となると、この20世紀の大傑作を、とりあえずは、永らく後世に伝えなくてはという、使命感のようなものが生まれるのだと思う。というか、悩みに悩んだ末に、行きつく先はそこでしかないような気がするのだ。となると、ビートルズ世代や、それ以降の、アナログ盤育ちのジジババは、とりあえず置いといて、若者向けのリミックスをしようと考えたのではないだろうか? そう考えると、この私の忌み嫌うリミックスは実は正しいのかもしれない、いや、きっと正しいのだろう…なんて思ったりもする。


日本国内盤はSHM-CD仕様だ。

話を元に戻そう。そして、今回のこのリミックス。実はシリコンオーディオ云々以前に、実はきちんとした別の方向性が指し示されていたのだ。それは、モノ盤のステレオ化、である。ビートルズのアルバムは、『ビートルズ』(通称"ホワイトアルバム")まで、モノ盤とステレオ盤の両方が存在していて、実はそれぞれミックスが異なるのだ。当時のジョージ・マーティンビートルズのメンバーは、このモノ盤を前提にミックスを施しており、ステレオの作業にはメンバーは関わらなかったというのが定説だ。従って、彼らにとってはモノミックスこそが本来の姿であるのだ。しかしながら、実際に流通した多くはステレオ盤であり、モノ盤はいつしか市場から消え去り、次世代の多くの人間にとっては、ステレオ盤こそがオリジナルであったわけだ。そこで、今回は、本来のオリジナルである、モノミックスをステレオ化しようという案に基づいて作業が行われたということなのである。だから、今までのリミックスとは根本的に違う作業だったのだ。従って、『1+』で苦言を呈した、あの変てこりんなベースだとかバスドラの音だとかが、今回にはない。ただ、いくつかの部分、例えばリンゴのドラムの音だったり、音の定位だったりで納得がいかない部分も多々ある事は確かだ。ただ、それを言い出せばキリがない、のだ。(この項、続く)