ジョージ・ハリスンのBOX SET『Dark Horse Years 1976-92』を聴く(その3)

 

で、結局『Dark Horse Years 1976-92』で一番のお勧めは何なの?と訊かれれば、迷わず、いや、一応、迷ったふりはするけど、『クラウド・ナイン』”Cloud Nine”と答えるだろう。

 

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というわけで、このアルバムは売れに売れたわけです。自分はこの時期、洋楽にはほとんど食指を動かされなかったんだけど、それでも、全く聴かない、とか、買わない、とか、そういう事はなかった。というのも、やはり売れたものってのは、自分自身でアンテナ張り巡らさなくても、耳に入ってくるもので、なかでも「セット・オン・ユー」"Got My Mind Set on You"なんてのは、そうとう売れたんじゃないかな?それくらい耳にした。もちろん、これだけ売れたのは、共同プロデューサーである。ジェフ・リンの功績によるところが大きいが、ただ、アルバム冒頭の「クラウド・ナイン」"Cloud 9"が、かなりクラプトン寄りで、OPとしては渋めだったのに、02.「ザッツ・ホワット・イット・テイクス」"That's What It Takes"がいきなり(SEから!)ELOだったのには強烈な違和感を覚えた。しかし、まあ、この曲はあからさま過ぎたけれど、他の曲はいい塩梅で、ジョージ(曲によってはジョージとリンゴ)に対し、ジョンとポールをジェフが担うといった形で、要するに、極めてビートルズライクなアルバムなのだ。04.「ジャスト・フォー・トゥデイ」"Just for Today"はエルトンの弾くピアノが印象的な曲だが、ややもすれば、ジョンの"Love"の様にさえ聴こえ、涙を禁じ得ない。06.「FAB」"When We Was Fab" はズバリそのもののタイトルで、曲はウォルラスをちりばめてはいるが、ジャッキー・ロマックスの "Is This What You Want?" ほどやり過ぎじゃないのがいい。続く07.「デヴィルズ・レイディオ」"'Devil's Radio"は個人的にかなりのお気に入りで、このアルバム一番といってもいい。というか、このアルバムには、いわゆる捨て曲がないので、順位をつけること自体が非常に難しい。ただ、10.「ブレス・アウェイ・フロム・ヘヴン」"Breath Away from Heaven" の中国だが日本だか判別がつかない、いわゆる西洋人が想起する東洋の旋律、みたいなイントロは、やはり違和感でしかない。インドに傾倒していたジョージでさえこんな感じなのかと、ショックを受けたが、まあ、この解釈がマーティン・デニーのように意図的である可能性もなくはないか。それでも、最終的にカッコイイのが11.「セット・オン・ユー」"Got My Mind Set on You"。この大ヒットナンバーがオリジナルじゃなくカヴァーってのが玉に瑕だが、もう、完全にジョージのものになっちゃってるのが凄い(ただし、ジェームズ・レイのオリジナルもかなりぶっ飛んでる)。さて、駆け足で紹介してきたが、やはりこのアルバムは、ダークホース時代の最高傑作と考えていいだろう。それは、とりもなおさず、ジェフが、かつてビートルズだったジョージを提示してみせたことによるもので、多くの人がそれを望んでいたのだ。いや、それを本当に望んでいたのは、ジェフ本人だったのだろう。

 

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さて、お次は、ジョージ初のライブアルバムとなる『ライブ・イン・ジャパン』である。このアルバムは発売当初のものと現在のものとではところどころ異なる部分があって、正確にはリミックスアルバムと考えるのが妥当らしいが、細かな違いはここではオミットさせてもらう。リイシュー後のアルバム規格はSACDのハイブリッド盤で、超高音質である。全体的な印象としては、ジョージのライブといえば、『バングラデシュ・コンサート』に収録された演奏が思い浮かぶが、あれを想像していた自分としては、凄くまとも、いや完璧すぎる演奏に心底驚いた記憶がある。クラプトンのパートも聴いてみたい気もするが、まあ、それやって、食われてるなんて評価が付いちゃうとアレなんで、これで良かったのかなぁとも思う(笑) 演奏曲は、ビートルズ時代の曲も含めた代表曲のオンパレードで、ベスト盤的なライブである。1曲目の "I Want To Tell You" が流れた瞬間、戦慄が走ったのをしっかりと憶えている。ただ残念なのは、『ゴーン・トロッポ』からの選曲が一曲もなかったこと。これは当時の評価からすれば妥当なのかもしれないが、現在の再評価を考えればやっておくべきだった。

最後にDVD。これはプロモやらライブ・イン・ジャパンの映像だったり、単純な寄せ集め映像集で、「セット・オン・ユー」の例のアクロバットは笑えるが、画質はそれほど良くないし、ライブなど、さっさと完全版を出せばいいのに、もうやる気がないのか知らないけど、これにて完結みたいだ。 従って、これは、おまけ的な映像集としての評価しか付けられない。いつか、なにかの機会に、完全な映像集が出る事を期待したい。 

さて、長々と書いてしまったが、この『Dark Horse Years 1976-92』を聴いて思う事は、『クラウド・ナイン』までの回り道が長かった、ということ。しかし、それは全て必要な試練でもあったし、時代に翻弄されたともいえる。でも、もしもタイムマシーンで当時に戻れるのであれば、自分にこう言ってやりたい。アルバム、一応全部買っておけよ、と。いや、それが出来たとしても、やはり当時の自分は買わなかったと思うな。そして、30年以上経って再評価される『ゴーン・トロッポ』なんて、それこそ絶対に買わなかったと思うんだ。だって、音楽ってそういうもんだろ。作る側は、自分の好きな曲を作って、それが演奏できれば、多分それでいいし、聴く側は、ひたすら気持ちいい曲が聴ければ、またそれでいい。だから、『Somewhere In England』における社長の横槍は、やっぱり要らなかったのだ。しかし、今思えば、ジョージは随分若くして逝ってしまったのだなあ。これから先、このダークホースを傍らに生きて行くオレは、そろそろジョージファンを名乗ってもいいよな?(この項、完)