リターン・トゥ・フォーエヴァーのライブ盤『ライブ・ザ・コンプリート・コンサート』(Return to Forever"Live The Complete Concert"1977)が初CD化された際のライナーノーツにはこんな一文が記されていた−「あらためて聞き返してみると、以外にも当時の印象よりも、はるかにジャズっぽい」−。これには全く同感で、思うに、当時このバンドは大編成であったし、チックは最新鋭のキーボードを何台も駆使しており、目新しい音色のものも多かった。つまり、最初の印象としては、音楽の本質を捉えるというよりも、そういった楽器の音なんかの方に耳が向いていたのかもしれない。
さて、今回購入したイエスのボックスセットだが、実際に聴いてみると、このRTFのアルバムと同じ様な印象を受けたのである。即ち、思っていたよりも、ずっとプログレしていた、と。
まず断っておかなければならないが、このボックスに収納されているアルバムのうち、実際に所有していたのは『究極』『トーマト』の2枚で、後の3枚は、当時レンタルしたり友人から借りたりして(勿論カセットに録音して)繰り返し聴いたものの、購入には至らなかったものである。また、実際には『ドラマ』の次にライブ盤の『イエスショウズ』が、『ロンリーハート』の次には同じく『9012ライブ』がリリースされているので、合計7作品となる。前回は区切りとしてのボックスセットと書いたが、7作品は全期間で10年にも及ぶもので(1977〜1987年)、音楽的には、区切りというよりも、ひとつの混沌とした時代の象徴であると言えよう。ただし、メンバー的な混沌は、この後も現在に至るまで、延々と続く事になるのだが…。
『究極』(1977)は長らく休止していたバンドの復活作だが、レコーディングの途中で、サポートとして招聘していたリック・ウェイクマンが復帰する。彼は作曲には関わっておらず、曲的にはウェイクマン色が薄いのだが、当時発売になったばかりのポリムーグを縦横無尽に使いこなしており、その音色がこのアルバムの色を決定付けているといっても過言ではない。個人的には、珠玉のバラード「不思議なお話を」("Wonderous Stories")がお気に入りだが、アルバム自体の評価としては、ポップ的なセンスが前面に押し出され、また、アルバムジャケットがロジャー・ディーンからヒプノシスに変わった事も相まって物議を醸した。続く『トーマト』(1978)だが、これまた問題作で、過去のイエスサウンドはぐっと息を潜めた形となってしまった。また、ジョン・アンダーソンの書いた「クジラに愛を」は社会的な内容の歌詞で、特に日本では問題扱いされた…というか、日本人としてはいい気分ではなかったな。なにしろ、原題は「クジラを殺すな」("Don't Kill The Whale")なんだから。
お次は更に問題作の『ドラマ』(1980)だ。ジャケットがロジャー・ディーンに戻ったものの、メンバーには大きな変更があり、大看板のアンダーソンとウェイクマンが脱退してしまい、後釜にバグルスの2人、トレヴァー・ホーンとジェフ・ダウンズが加入したのだ。サウンド的には大改革、と思いきや、今聴くと結構プログレしている、というか、イエスしているw 見方によっては、旧イエスを演じた新生イエスといった感じか。ただ、セールス的にも、人気的にも大幅にダウンし、精神的な抑圧からホーンが脱退してしまう。契約上の問題からリリースされた『イエスショウズ』(1980)は、収録された時期の幅が広かったため、旧メンバーの音源を聴かされる事となったファンは、微妙な心理状態に置かれた。
さて、ジャン!である。アンダーソンが復帰した『ロンリーハート』(1983)は、良くも悪くも、ジャン!なのだ。だが、結構聞き込んだこのアルバムが、購入に至らなかったのは、やはりかつてのイエスサウンドが忘れられなかったからで、その面影をひたすら追い求めていたのだ…と、当時は思っていたのだが、今回10年以上ぶりに聴いた本作は、意外にも、というか、思った以上にイエスしていたw。要するに、ジャン…いや、オーケストラル・ヒットはアート・オブ・ノイズ(The Art Of Noise)よりも、はるかにイエスの代名詞となったが、その印象があまりにも強烈すぎて、音楽的な本質を見失っていたのかもしれない。しかし、この時、メンバーの要であったスティーヴ・ハウはエイジア("Asia")に参加しており、個人的にはこの新生プログレバンド(とはいうものの、単に大物プログレバンドメンバーの集合体だが)に興味が移っていたのだった。続く『ビッグ・ジェネレーター』(1987)は発売までの間が空いているが、実際の録音はもっと早い時期で、従ってサウンド的には前作の延長上にあると言ってもいい。が、今回、やはり10年以上ぶりに聴いた本作も、前作同様にイエスしていたのであるw まあ、確かにホーン色が強くポップ感覚が強烈ではあるんだが、かつての先鋭的なサウンドが、やがて陳腐化、或いはスタンダードとなった現代においては、やはり音色的(Sound)な方向性よりも、音楽的(MUsic)な本質の方ががはっきりと見えてくる。
音楽とは新たな発見の連続である。当時見えていなかった、聴こえていなかったことが、何十年も経ってからようやく認識できるようになる。それは、自己の内面の変化であったり、外的世界の変化であったり、様々な要因があるのだろうが、ただひとつ言えることは、物事の本質は永遠に変化しないのだ。やけに安価に入手できるようになってしまったこの音盤だが、こうやって新しい何かを常に内包しているからこそ、この世の中に存在し、微かな、しかし、しっかりとした輝きを今でも放ち続けているのだろう。