松田聖子のSACD/CDハイブリッド盤を聴く〜『Touch Me, Seiko 』編

松本隆出世作といえば、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」だろう。歌詞の内容は今更説明するまでもないが、面白いのは、この歌詞を東京生まれの、しかも山の手育ちのお坊ちゃまが書いたというところだ。はっぴいえんどと良く比較されるサディスティック・ミカ・バンド加藤和彦高橋幸宏も山の手育ちだが、彼らが実にスマートな音楽展開を見せていたのに対し、はっぴいえんどバッファロー・スプリング・フィールドを標榜した、いかにも泥臭い音楽をやっていた。「木綿〜」的なアプローチが可能だった理由はこの辺りにあるのかもしれない。この物語の起点はもちろん"卒業"ということになり、内容的にはその後の物語である。そして、彼氏が都会へ旅立つという物語を、卒業という地点で凝縮したのが松田聖子の「制服」だろう。更に、同じ別れにしても、「制服」に於いてただ受け身でいただけの女性から、もう少し進化した状況が斉藤由貴の「卒業」ということになる。ここで描かれるのは、泣くのは本当に悲しい瞬間だけと言い放つ、芯の強い女性像だ。ただ、彼が都会へ行って離れ離れになってしまうという状況は共通しているが、松田聖子の「制服」はちょいと片思い風な物語だ。当時、これほどの名曲がB面であることが信じ難く、この辺りが、そこいらのアイドルとは別格であることを強く印象付けた。





『Touch Me, Seiko 』はご存知の通り、シングルのB面曲のみで構成されたベスト盤だ。B面なのにベスト盤ってのは、当時の松田聖子にしか出来ない企画だったに違いない。それは、人気という面だけでなく、楽曲のクオリティが相当高くなければならず、この両方を兼ね備えたアイドルは彼女しか存在しなかったのである。このアルバムはベスト盤であるが、以前このブログで紹介した『アーリー大瀧詠一』と同じく、シングルのマスターをかき集めてリマスターされたものである。少し説明させてもらうと、一般的なベスト盤(オムニバス盤)は、各曲のマスターを集めたのち、摺り合わせ(各曲間で異なった音質や音量を均す作業)が行われ、それをひとまとめにしたものが新たなマスターとなる。レコードをカッティングする際に、A面用、B面用と、ひとつのテープにする必要があるからだ。ただ、このマスターからリイシューを行えば、結果的にシングルマスターの第2世代を使う事となるわけで、音の新鮮味が失われてしまう(まあ、摺り合わせの作業が行われていれば、オリジナルとは異なった音と解釈する事もできるが…)。今回のSACDは、シングルのマスターをかき集めて(このプロジェクトで既にSACD化された曲を除く)それをそのままリマスターしてDSD化ている。このため世代的には第1世代からのリマスターとなる。ただし、音質的には有利だが、アルバム全体としての音的な統一感は失われる、が、逆に、そのシングルの方向性や、エンジニアの意図などを計り知ることができるというわけだ。



さて、その第1世代のB面集を早速聴いてみよう。まずは、このアルバムが発売された当時の直近のシングルのB面、01.「SWEET MEMORIES」だ。当時、このシングルをA面で買った人も多いと思うが、実際は「ガラスの林檎」のB面である。サントリービールとのタイアップも相まって話題となり、両A面に昇格して爆発的にヒットした。まず思ったのは、圧倒的に鮮度が高い! 逆に言えば、もう少し暖色系の強いまん丸な音を想像していたのに、かなりソリッドで硬質な印象を受けた。ただ、尖った感じはしないのは各楽器のバランスがいいからだろう。英語詞のバックで流れるピアノは饒舌すぎず、極めて上品である。02.「TRUE LOVE 〜そっとくちづけて」は「青いサンゴ礁」のB面だ。Aメロ部分でのレガート気味な歌唱は松田聖子らしくなく、逆に新鮮でときめいてしまうほど。対してBメロでは聖子節全開でその対比が面白い。ここでのギターのミュート気味のカッティングがさりげないが小気味よい。05.「わがままな片想い」は「天国のキッス」のB面。曲は細野晴臣だが、細野、というより、当時のYMOサウンドそのものである。というのも、この曲は当時歌手としてYENレーベルからデビューした小池玉緒が歌う予定の「カナリヤ」という曲だったのだ。これは後に『YEN BOX Vol.2』に収録されたが、もちろん、オケもキーも違う(こちらのバージョンは小池本人が作詞らしい)。それにしても、YMOサウンドで歌う松田聖子はかなり無敵。そして、YMOのこの時期のサウンドが、実は非常にアナログ的だと再認識した。実は、YMOってデジタル臭があんまりしないんだな。



07.「ボン・ボヤージュ」は呉田軽穂こと松任谷由実の作品だが、この曲も思っていたよりもソリッドな感じで、特にボーカルが硬質だ。しかし、いい意味で音場がこじんまりとしていて、曲調によく合っている。女の子が心細くて胸を痛めてるのに、野郎と来たらヘラヘラしやがってw 当時もなんとなく物悲しくて仕方のない曲だった記憶がある。09.「制服」は当時から非常に人気の高かった名曲だ。冒頭のピチカートが、意外と大げさに鳴ったのには驚いた。Cメロへと続く聖子のひとりハモリの分離性はSACDならではで鳥肌ものだ。それにしても、鮮度の高い第1世代のマスターをSACDで聴けるとは、長生きはするもんだ。若かったあの頃、この名曲に出会えたことに心から感謝したい。