生粋のナイアガラーである。と言いたいところだが、違う。んじゃあ、やっぱり『ロンバケ』から入ったクチ? と訊かれて、もちろん!と言いたいところだが、それも違う。自分でもはっきりとしないのだが、徐々にナイアガラの深淵に足を踏み入れて行ったというのが本当のところかもしれない。ナイアガラ関連のレコードやCDは、一部を除けば基本的に全てレアアイテムで、永らく廃盤であったアルバムがリイシューされたとしても、オリジナルと全く同じものが再発されることはまずないのである。実は、そういった希少性こそがナイアガラーの本質であったりもする。
シリア・ポールは自分にとっては、ちょっと年上のお姉さんどころか、そうとう年上の女性であるのだが、彼女が初代パンチ・ガール(ニッポン放送のラジオ番組「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」のパーソナリティで、"モコ・ビーバー・オリーブ"のうちのオリーブがシリア・ポール)であった事など、当時小学生であった自分にとっては全く知る由もなかった。ただ、自分がリアルタイムで体験したパンチ・ガールのパーソナリティのひとりが松田聖子であった事は、何か運命的なものを感じずにはいられない。
街中から「君は天然色」が流れていた頃の、土曜の昼下がり。この当時、お茶の水辺りの中古レコード屋と楽器屋を延々と渡り歩き、へとへとになって辿り着いたドーナッツ屋から流れる「ダイヤトーン・ポップス・ベスト10」を聴きながらお茶をするのが定番になっていた。この番組は彼女がパーソナリティを務めていたのだ。しかし、この時は自分の中で彼女とナイアガラは全く結び付いておらず、アルバム『夢で逢えたら』という作品すら知らずにいた。ただ、「夢で逢えたら」という曲の知識なんぞは全くなかったのにも関わらず、頭の中で流れるのは、オリジナルであるはずの吉田美奈子(吉田保の実妹)のバージョンではなく、必ずシリア・ポールのバージョンだったのは、一体どういうわけだったんだろう…?
さて本題。遂に発売になったシリア・ポールの『夢で逢えたら VOX』であるが、内容はアナログ盤LPが2枚、EPが2枚。CDが4枚と、ブックレットが付属する。
このうち、4枚のCD音源は以下の通りで、全て最新リマスターである。
DISC-1 1977 Original Album + Single (CBS SONY, Sound City & Freedom MIX)
DISC-2 ONKIO HAUS MIX
DISC-3 1986 Tamotsu Yoshida Re-MIX
DISC-4 Rarities (Live + Karaoke + Out Takes + CM)
ここでは、個々の音源や楽曲に対する詳しい解説はオミットするが、内容だけをざっと紹介してみる。
DISC-1はオリジナルのLPと同じもの。
DISC-2はオリジナルマスターが完成する前、ONKIO HAUSでミックスされたもの。大滝はこのミックスが気に入らず(音が重すぎるという理由)お蔵入りとなったもので、完全未発表である。
DISC-3は1987年にナイアガラ関連のアルバムがリイシューされた際に、吉田保によってリミックスされたバージョンだ。
DISC-4は1977年6月20日に渋谷公会堂で行われた「The First Niagara Tour」のライブ音源と、その他レア音源集である。
このうち、自分が最も聴きたかったのはDISC-3の87年発売の吉田保によるリミックス盤だ。というのも、この音源はレンタル店で借りたものをカセットにコピーしてよく聴いていたからだ。だが、カセットがダメになり、永らく聴けずにいたからである。その後、97年にリイシューされたCD(DISC-1と同じ音源)を聴いても何かピンと来なかったのは、やはりこの盤が自分の耳に一番馴染んでいたからだろう。この吉田保リミックスは、オリジナルに比べエコー深めで、当時の大滝=ウォール・オブ・サウンドというイメージを意識したものかもしれないが、大滝が一部作品において、ボーカルを極端に埋没させるような手法を取ったのに対し、もうちょっと、一般的に許容される範囲でミックスした感がある。大滝曰く、せっかくリイシュ−するのだからCDっぽい音にしたかった、のだそうだが、基本的にはリイシューのリストに絶対に載らないバージョンでもある(VOX等の企画盤を除く)。ただし、大滝は吉田保に対しては絶対の信頼を寄せていたのもまた事実である。とりあえず、この盤が聴けて、長年の留飲が下がった思いだ。
しかしこのボックス、いろいろと不満な点もある。例えば価格設定だが、何故か強気の2万円(税抜き)。にも拘わらず、LPのジャケットが貧弱だったり帯が再現されていなかったりする。ブックレットも内容的には良いが、作りは薄っぺらい中綴じ。やはり、ここはハードカバーで堅牢な装丁にしてほしかったところ。音源に対してはほぼ満足だが、3,000円(税抜き)の通常盤でこのボックスのDISC-1,2の本編+DISC-4のライブ全曲が聴けてしまうのもなんだかなあと思う。残りのDISC-3と各ボーナス曲、アナログ盤、そしてブックレットと化粧箱で計1万7千円と考えると、む〜ん、と唸ってしまう。まあ、アナログLPも重量盤なので値が張るのは確かだが、ここまでの価格差が出るとは思えない。コレクターズ・アイテムなんで、どうしても重箱の隅を突きたくなってしまうが、やはり2万という価格ならば、それなりのものを期待してしまうのは、至極あたりまえのことだと思うのだ。
最後になるが、このアルバムとぜひ併せて聴いてもらいたいのが、前述のモコ・ビーバー・オリーブの『わすれたいのに』である。内容はアメリカン・ガールズ・ポップスのカバーがメインで、これを聴けば、大滝がなぜ彼女をナイアガラ女性歌手として選んだのかがよく判る。
因みに、近日、ユニバーサルから1枚千円という廉価でリイシューされるが(UPCY-9745 )、こちら(CDSOL-1760)はコロムビアから発売されたシングルを含む+7となっているので、注意が必要だ。