オリジナル盤でよこしやがれ! その5

60〜70年代の、いわゆるロックの名盤と呼ばれるものに出会ったときには、既にその多くは初回プレスではなく、従って、初回限定盤の類にお目にかかることはなかった。だから、ビートルズの『レット・イット・ビー』はボックス仕様の写真集付きではなく、ディープ・パープルの『ライブ・イン・ジャパン』にはスライドのフィルムも付いてなかったし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』のバナナの皮も剥くことは出来なかったw
それにしてもつくづく思うのだが、あのレコード盤のジャケットの大きさは、本当に奇跡としか言いようがない。もちろん、それはレコード盤の大きさ、つまり、操作性と収録時間に由来するものだから、手頃な大きさというのは当たり前なんだが、実際に、レコードを聴きながら、ジャケットを膝の上に置き、じっくりと眺めたり、更に、その上にライナーノーツを乗せて熟読したりするには実にぴったりの大きさだったのだ。そしてレコードを聴く度に、毎回必ず40〜50分をジャケットと一緒に過ごしてきたわけで、即ちそれは、音盤とジャケットが、そのアルバムの評価として完全に一体化していたわけだ。だから、CD化された際に、ジャケットが消滅して二つ折りされたぺらぺらの紙になってしまったという現実は、ちょいとばかり、いや、非常に受け入れ難いものがあったのだ。もちろん、コンパクトディスクという名前の通り、その利便性を追求したが故の結果なんだが、その代償はあまりにも大きかったと言えよう。
その後、CDのジャケットも独自のパッケージやデザインを採用したりして、多様性に富んだものへと進化を遂げたが、やはり、どう足掻いたってレコードジャケットを凌駕する事は到底不可能であった。そんな不満点を解消する様に突如現れたのが、かつてのレコードジャケットを完全に再現した紙ジャケット盤、いわゆる"紙ジャケ盤"である。もちろん、リイシュー盤に限っての事であったが、この紙ジャケなるものは、いかにも日本人的な発想の下に考案された商品で、当たり前だが、こういう製品は、日本人でしか再現しようがない。現に、これを真似た国外の紙ジャケなどは、あまりにもチンケで、評価に値しないものが殆どである。まあ、このあたりは国民性の問題に尽きるという事なんだろうが。
しかし、いくらこだわりが有るといっても、初期の紙ジャケ作品に於いては、完全に再現されているものはそう多くはなく、特に、当時は"たすき"("帯"とも言うが)の再現というところまでの発想がなく、単純にジャケットの再現のみであった。だから、初期の紙ジャケ作品で高評価を受けたレッド・ツェッペリンのリイシュー盤でも、『III』では回転盤を覗く穴の数が少なく不評を買ったし、もちろん、たすきは再現されていなかった(因みに2008年リイシューのSHM-CD盤では完全再現化されている)。

アナログ盤では穴の数が11個だが、1997年リイシューの紙ジャケ盤では5個しかない。
現在、ジミー・ページがオリジナル・アルバムの再リマスター作業を行っているとの情報があるので、新規の購入はもう暫く控えた方がいいかもしれない。


だが、いくら紙ジャケで再現したところで、それは所詮ミニチュアに過ぎず、レコードジャケットの偉大さには到底追いつけるはずもなかった。しかも、アナログ盤のアートワークはジャケットだけではなく、盤そのものにも施されていたので、これをCDで再現する事は物理的に不可能であった。その代表がカラー・レコードやピクチャー・レコードである。もちろん、CD盤にはカラフルなシルクスクリーン印刷が施されているものも多いし、一部のCDラジカセなどでは回転する盤面が部分的に見ることが可能なものも有る。だが、盤の回転が高速なため、それを目視できるはずもなく、再生しながらも盤面がアート・ワークとして成立する事はほぼ不可能である。更に、アナログ盤には意匠として理解不可能な盤も数多く存在する。所有する盤で最も異質なのが、スティックスの『パラダイス・シアター』の初回盤だ。このB面には、なんと音溝(おとみぞ)そのものに対してレーザー・エッチングが施されているのだ! レコード盤の命と言える音溝に対して、音質劣化を覚悟の上で意匠を最優先に考えるといった、その本末転倒ぶりが逆に素晴らしすぎるではないか! この発想はアナログ盤ならではで、視覚的にインパクトの小さいCDでは絶対に生まれる事のないものだといえよう。そもそもCDでは、記録面に対してそんないたずらは出来るはずもないがw

音質無視?音溝に対してのレーザー・エッチング! 禁じ手だ!

しかしながら、今私達が手にする事が出来るマテリアルとしての音源は、CDが主流である事は間違いない。ゆえに、アナログ盤に思いを馳せるのは、ただ単に懐古趣味とも言えなくもない。だが、ロックが芸術的な地位を手に入れる事が出来た大きな理由のひとつが、LP盤のジャケットであった事に異論を唱える人はまずいないと思う。ポピュラー音楽が衰退してしまった事の一因が、このジャケットであるとするならば、レコード会社各社は、今までのその貧困な発想を、今からでも改めなければならない。
この項、終わり。

レッド・ツェッペリンIII(紙ジャケット)

レッド・ツェッペリンIII(紙ジャケット)