前作『かわいそうだね?』は、例の「女子のめんどくせーやつ」の話だったが、あれは割りと一般受けしたらしいw コップに少しずつ、少しずつ水を足して行って、これはもう、後は溢れるしかない、という進行で、最後の最後、作者がコップを握って割ってしまったのだ。ただ、自分には、そういった非常に判りやすいカタルシスは必要なかった。綿矢にはそういうものを求めてはいなかったのだ。
本作は、昨年秋以来の新作だが、正直に言って、かなりいい。題材が「初めての恋」で、主人公が割りと分別のある女子高生。分別というのは、ただ、おりこうさんのふりをしているだけ、という意味だが、そういった、ものの価値観や考え方が、初めての恋によって、徐々に崩壊して行くのだ。前作の様に、ただの自分勝手な思い込みで暴走して行くのとは違って、恋が始まってすぐに、既に、八方ふさがりという状況設定が良かったのかもしれない。
※以下ネタバレ注意!
高校3年生の"愛"は、同じクラスの"たとえ"に恋心を抱くが、程なくして、彼には長年付き合っていた"美雪"という恋人がいることが発覚する。初めての恋、それは彼女を暴走させた。美雪に近づき、自分が彼女に恋心を抱いていたと、嘘の告白をし、女同士の肉体関係を結び、ふたりを引き離そうと画策する。そんないい加減な計画は成功するはずもなく、たとえに強引に迫った彼女は、完全に拒絶され、最後には、自分に心を開いていた美雪に対して、悪事の全てを告白する。
…まあ、最後にもうひとやまあって、物語は終焉を迎えるのだが、そこからの結末へ向かうまでの心理描写及び情景描写が非常に良い。彼女でしか紡ぎ出す事が出来ない言葉の数々が、それまでの感情を徐々に鎮めて行き、やがて安息が訪れる。自分が綿矢に求めていたのは、この「言の葉」の数々なのだ。なにを、今更言う事でもないじゃないか。
初めての恋は、障碍を軽やかに跳躍する力を、或いはそれを破壊するほどの爆発的な力を与える。時に、自分の哲学を、思想を、倫理を、崩壊させ、或いは反転させる、が、それでも、決して自分の思うようには事が運ばないし、それが正しい方向なのか、誤った方向なのかを判断する術も持ち合わせてはいない。だから、時に、いや、割と多くの場合に、人を傷つけ、自分を傷つけ、或いは、決して少ないとは言えぬほどに、人を殺したり、自分を殺したりするのだ。それも、いとも簡単に…。はじめての恋が、プラトニックであろうと、或いは、さかりのついた犬の如く、ただ交尾を繰り返すだけのものであろうと、或いは、猿の如く、狂った様にひたすらオナニーを繰り返すだけの片思いであっても、最後には自分がもがき苦しんで、ようやく生まれ変われるのだ。そうして、やっと、初めての恋は終わりを迎える。
ただ頑なに心を閉ざしていた、あの頃を思えば、忸怩たる思いが心を去来するが、しかし、それはもう、初めての恋という、傷あとに過ぎないのだろう。
- 作者: 綿矢りさ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/07
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