ザ・ビートルズ 『ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル』(The Beatles at the Hollywood Bowl)

世に名盤との誉れ高いライブアルバムは数あれど、実は本当の意味で完璧なライブアルバムってのは非常に少ない。音質が異常に悪いオーディエンス録音(観客がカセットテープ等で違法に録音したもの)や記録用に録音した音源を無理矢理製品化したものも多く、有名なところでは、キング・クリムゾンの『アース・バウンド』、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ライヴ・アット・マクシズ・カンサス・シティ 』(もっとも、彼らの場合、音質はあまり評価に影響しないが)、国内ではサディスティック・ミカ・バンド『ライブ・イン・ロンドン』等が挙げられる。また、大々的な編集や演奏の追加・差し替えを行ったものも多く、例えば、レッド・ツェッペリンの『狂熱のライブ』、ロキシー・ミュージックの『ビバ! ロキシー・ミュージック』等、数え上げればきりがない。演奏の出来も録音も完璧なアルバムとなると、ぐっと少なくなって、まあ、例えばディープ・パープルの『ライブ・イン・ジャパン』なんかが挙げられると思うが(それでも、ライブ感を出すため、あるいはレコードにぴったりと収めるために、再生ピッチを意図的に上げている、な〜んで噂もあるが…)、演奏は良くても録音がダメという例が圧倒的に多いという印象だ。もちろんこれは、アーティストに責任があるわけではなく、録音スタッフ側の問題でしかないわけだが。
今回のお題は、実に40年ぶりの再発(限定的な再発を除く)でCDでは初リリースとなるビートルズの『ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル』(旧邦題『ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!』)だ。当時、このライブが発売されるに至った経緯の詳細については不明だが、非公式でハンブルグ時代(まだリンゴ加入する前)のライブ盤『デビュー!ビートルズ・ライブ'62』が発売されたのが一因と言われている。本家の意地として、どうしても"公式"を発売しておく必要があったのだろう。もちろんそれ以前に、全世界的に巻き起こった第2次ビートルズ・ブームに後押しされたというのが一番の理由だろう。実際、このアルバムの前後には『Rock'N'Roll Music』『Love Songs』『Beatles' Greatest』といったベスト盤も発売されている。しかし、本アルバムの音源は何かと問題の多いブツで、例えば、録音トラックが3トラックと少なく、しかも録音された楽曲の大部分が観客の大歓声にかき消されていたり、或いは、一部の曲でマイクが死んでいたりと、そもそもがとても製品化できる状態ではなかったのだ。それをジョージ・マーティンの丁寧な仕事のおかげで、なんとか普通に聴ける状態にまで仕上げたというのが実情だ。しかし、収録された音源が64、65年と1年の開きがあったり(演奏のスタイルに違いがあり、多少の違和感がある)、曲によってはニコイチ(同一タイトルの2曲を編集して1曲にしたもの)だったりと、やはり完全版といえる代物ではなかった。当時中学生だった自分は、当然ながらアルバムを買うことは出来なかったのだが、暗黙の了解=持ち回りで、クラスの誰かがそれを購入して、みんなでシェアするというシステムの恩恵を受けたと記憶している。前述の通り録音状態はあまりよくなく、絶え間なく続く大歓声(特に女性の嬌声)に演奏で決死の戦いを挑む4人、といった印象だった。だが、個人的には後期ビートルズの楽曲が大のお気に入りだったので、死ぬほど夢中になって聴いたわけではない。ただ、音質はいくら悪いといっても、当時の海賊盤なんかとはあきらかに格が違うものだったと記憶している。


映画宣伝のためオリジナルタイトルよりも大きく中央に配置された「EIGHT DAYS A WEEK」のおかげで、最悪の出来とも言われているジャケット。

さて、本題。今回のリマスターがあの『1』でもお馴染みのジャイルズ・マーティン(ジョージ・マーティンの息子)で、個人的にはそれだけの理由で、もう嫌な予感しかしなかったのだが、果たしてその予感は的中した。発売前のアナウンスでは、このアルバムがリミックスアルバムであり、更に、デミックスといって、録音トラックから任意の楽器の音だけを取り出す事が可能となり劇的に音質が向上した、みたいな煽り文句があって、まあ、話し半分くらいに思っていたら、その通りでしたという印象。まず、例によって、ポータブル・オーディオ向きとみられる音質補正のせいで、中音から低音にかけて意図的に膨らみを持たせているが、これを普通のオーディオセットで再生すると、バスドラムとベースがブーミーに鳴り過ぎてあまりよろしくない。また、オリジナルではいささかうるさ過ぎた歓声は、これもポータブル・オーディオ対策のせいか、かなり大人し目になったという印象だ。ただ、本当のビートルズ(の人気)はこんなもんじゃない!という、一抹の寂しさを覚えたりもする。音像は大まかに説明すると、L-chにドラムとベース、R-chにギター2本、センターはボーカルのみだ。ただしデミックスにより、曲によって僅かばかり位置が変わる様だ。オリジナルをはっきり憶えていないので、両者の比較はここではしないが、一般的な評価では、デミックスで各楽器の分離が良くなったとされている。中でもボーカルは特筆もので、例えば、ジョンの「ディジー・ミス・リジー」を聴いた瞬間、鳥肌が立つくらいの感動を覚えたが、これはそこいらのライブアルバムよりはずっとよいと思える出来だ。また、コーラスは中央に集まってしまっているが、意外と音の分離は良い。最後にボーナストラックだが、これには賛否両論あって、例えば、本編が「ロング・トール・サリー」で完全に終わっているのに、再び出現するボートラに強烈な違和感を感じるという人も多い。更に、最後の曲が「ベイビーズ・イン・ブラック」なので、終わった感が全く出ない。やはり最後は激しい曲で締めたいという意見が多い。まあ、やろうと思えば"完全版"を出すことも可能な時代であるからこそ、そういった意見も出るのだろう(当然ながらこれらの海賊盤はとっくに流通している)。ただ、今回の作業はあくまでもオリジナル盤のリミックスであり、その辺り、ジャイルズが父マーティンに遠慮した、或いは敬意を払ったと考えるのが妥当だろう。何はともあれ、40年ぶりに復活した事にこそ、重大な意味があると考えたい。この音を再び聴くことなく逝ったビートルマニアも多いはずだ。40年とはそれくらい長い年月なのだろう。


ジャケットの作りは見開きで、従来の09公式盤の三面構成ではない。また、大きさはEU公式盤や赤青盤と同じで僅かに小さい。なお、国内盤はSHM-CD仕様、対訳付きなので、曲間で何をしゃべっているのか知りたい方はこちらをお勧めする。税抜き2.600円。