金色のリボンとジャン・コクトー

普段風呂に入る時は、BluetoothやSDカードの使える防水スピーカーで音楽を聴いているのだが(基本的には曲を飛ばしたりしないので数十枚のアルバムが順繰りに再生されている)、ゆったりと湯船に浸かっていると、今まで聴こえなかった音、いや、聴いていなかったと言うべきか、そんな音が聴こえてきたり、バックのアンサンブルにばかりに耳が行ったり、或いは今まで自分なりに理解していた歌詞の内容が突然違った解釈に思えてきたり、そんなことが往々にして起こる。
先日、この入浴時に、松田聖子の『金色のリボン』が流れていたのだが、その中に「ジングルベルも聞こえない」という曲があって、もちろん、作詞は松本隆だが、この曲にはアルバムタイトルである「金色のリボン」という言葉が入っているとても重要な曲なのだが、その歌詞の中にこんな一文がある。

いや! 来ないでよ もう大嫌い
あなたの胸に雪玉ぶつけて
ジングルベルも聞こえない

この歌詞、まあ、野郎が女の子を怒らせてしまって、その後、いちゃついてる(?)描写なんだが、目に浮かぶ光景があまりにも素晴らしくて、「あなたの胸に雪玉ぶつけて」の部分に秘密が隠されていることに気が付かなかったのだ。

1982年発売。45回転12インチ盤「Blue Christmas」と33.3/1回転「Seiko・ensemble」の変則2枚組BOXセット。2016年にSACD盤、2020年にBSCD2盤でリイシューされた。

去年、中古レコードを物色していた時の事、あまり食指が動かされるものも無く、帰りがけに覗いた古本コーナー。そこで松本隆のエッセイ集『成層圏紳士』という本を見つけて反射的に購入したのだが、これは500ページを超える非常に分厚い本で、1981~2000年までの20年間に執筆されたエッセイの集大成。その中にジャン・コクトーの記述があり、彼が思春期の頃からこの詩人に心酔していたことが伺えた。当然、『恐るべき子供達』についても言及されているのだが、この小説で(或いは詩人の鼓動が刻まれた映画でもいいが)非常に印象的なのが、ダルジュロスが放った石の入った雪玉がポールの胸に当たり血を吐かせるシーンだ。この描写はコクトーの詩集や絵画にも登場するのでそう簡単には頭から離れるものではない、はずなのに、この聖子ちゃんの歌う「あなたの胸に雪玉ぶつけて」の歌詞と同期しなかった! それはお前が鈍感なだけだろ、と言われればその通りなんだが、個人的に非常に影響を受けた松本隆ジャン・コクトーを繋ぐとてもに重要な歌詞なのに、そこに想いが及ばなかった事をとても恥じ、そして悔いた。この『金色のリボン』が発売された当時にこの事に気付いていれば、この曲は自分にとってもっと重要なものになっていたはずだからだ(とは言っても、この曲はそもそも自分の中でもTOP10には余裕で入るのだが)。
そして思うのは、こうして40年以上前の作品が、未だに鼓動を繰り返し、そして新たな息吹を人々の心の中に吹き込むという、音楽の、そして作詞家の偉大さに改めて気付かされたということ。
そうして僕は、あの頃の雪玉にもう一度胸を打ち抜かれ、星を吐くのだろう。

成層圏紳士』松本隆(2001)東京書籍