ロバート・カーソン『46年目の光』 から読み解く、目に映るものの真実 その2

人はものを見る時に、それまでの経験や学習によって蓄積された膨大な量のデータを、無意識のうちに当て嵌めて映像化している。その過程に置いて重要な働きを担うのが"ニューロン"と呼ばれる神経細胞である。例えば、立方体が立方体として見えるのには、いわば"立方体のニューロン"が、空き缶が空き缶に見えるのは"空缶のニューロン"が確立されているからだ。そして、ニューロンはそれぞれが別のニューロンと結び付き、複雑かつ膨大な数のネットワークを構築しており、それは宇宙で最も複雑な組み合わせであるとされている。ところが、この視覚に使われるニューロンは、長い期間使われないままでいると、それが他の機能の代用として使われてしまう場合が多いのだという。多くの視覚障害者は、かすかに感じる光や、音の変化によって、自分の周囲の環境を把握したり、また、物体を直接手で触る事で、それをいわば、"映像化"している。実は、こういった特殊な機能が、このニューロンに転用されているのだという。一度使われてしまったニューロンは二度と別のものに使う事は出来ない。マイク・メイの場合、幼少期に失明してしまった為、ニューロンは既に転用されてしまったものと考えられる。つまり、視覚は完全に取り戻しているのに、映像を理解する為に必要なニューロンが、機能していないのである。
では、写真や絵画は、彼の目にはどう見えるのか? それは、ただの、のっぺりとした平面に過ぎず、そこに映るものの立体感も、空間的な位置関係も、全く把握できない。ヌードグラビアを目にした時も、横たわる女性の胸の膨らみや、顔の表情が理解できなかった。ただ、女性を真横から撮った写真で、初めて、胸の膨らみを認識できたのである。

ところで、次に紹介する写真だが、これは先日ブログでも紹介した、東京スカイツリーの映る風景である。(写真1.)


写真1.
手前に橋と人、その向こうには高速道路が横切っており、この間には(映っていないが)隅田川がある。首都高の向こうには右側にアサヒビールのビルと、左側には墨田区役所があり、その後方に東京スカイツリーがある。実は、この写真、自分で撮ったにもかかわらず、何度見ても非常に違和感を感じていたのである。それは、東京スカイツリーの大きさだ。手前のビル群などと比較すると、ずっと低く感じるのだ。だって、おかしいだろっ? 奴さん、634メートルもあるんだぜ? それなのに、やけに小さく見えるじゃねえか!(なぜか、江戸っ子風w) それはなぜか? 実は本書を読んで、その謎が解けた様な気がした。つまりこうだ。スカイツリーの高さは634メートルであるが、この高さや大きさの建造物を、(当たり前だが)今まで体験した事がなかった。だから、知識としての634メートルが頭にあっても、実際にそれが垂直に立ったものの感覚を体得していない。また、その高さの建造物が、どの辺りで、どの程度の大きさで見えるのか、そういった体験による情報は未だに数が少ない。例えば、富士山や、東京タワーなら、どの辺りでどれくらいの大きさに見えるのかは、大抵見当が付くが、よく考えてみれば、それは、幼い頃からの学習や体験によって蓄積された知識である。この知識が、スカイツリーの場合、断然少ないのだ。だから、この写真のスカイツリーが小さく見えるのは、タワーが高すぎるため、タワーと手前のビル群との距離を把握できないでいるからなのである。因みに、それぞれの位置関係を地図で見るとこの様になる。隅田川沿いにアサヒビールのビルと墨田区役所、地図の一番右端にスカイツリーがある。


大きな地図で見る

この事実を判りやすく視覚化する為に、それぞれの建造物と同じ高さの部分をスカイツリーへと結んでみる。(写真2.)
写真2. 中央のアサヒビールタワーは、高さ94.9メートルである。(高さの位置はおおよそ)
こうして線を書き足してみると、それぞれの高さと位置関係(距離感)が一目瞭然となる。スカイツリーの何と高いこと! そして、もっと驚くべき事は、この写真2.を見た後に、再び写真1.を見ると、もう、スカイツリーが低くは見えないのだ! そう、つまり、学習したのである、今!(この項、つづく)