ロバート・カーソン『46年目の光』 から読み解く、目に映るものの真実 その1

このブログで少し前に紹介した、ロバート・カーソン著『46年目の光』。3歳の時に失明したアメリカの実業家、マイク・メイが、手術により46年後に視覚を取り戻すといった内容で、ノンフィクションである。この本を知ったのは、約3年前の新聞の書評であったが、その内容は、視覚を取り戻すまでの物語についてではなく、46年間もの間目が見えなかった人間には、物体はどのように映るのか?といった方向にスポットを当てたものであった。実際、本書は、前半部分が彼の生い立ちや人となりについて、或いは、手術に踏み切るまでの心情が詳細に描かれていのだが、後半部分の大半は、ものの見え方についての記述である。そういった意味では、ノンフィクション小説というよりも、視覚についての医学的なレポートといった側面も持ち合わせている。彼の実業家としての人生については、非常に興味深いものがあったのだが(例えば、オーディオ界では誰もが知っている、レーザーによるレコード再生機の事業を立ち上げたメンバーのひとりであったりする)、今回は割愛させていただき、主に視覚についての考察を述べてみたい。


脳科学者の紹介文のせいで、自己啓発本と間違われそうだが、実はその手の本とは程遠い内容である。

マイク・メイが視覚を失ったのは3歳の時なので、生まれつき目の見えない人と違って、それまで目にしたものの記憶はあった。手術が成功し、目が見えることの素晴らしさに驚嘆した彼だったが、やがていくつもの壁にぶち当たる事になる。例えば、人の顔をを見分けられない、男女の区別が付かない、影の存在を上手く把握できない、写真や絵画の内容を把握できない、英数字を上手く読み取れない、等々である。目に見えるのになぜ理解できないのか? その謎を解く為に、様々な実験・検証が行われた。
例えば、図1。

図1
これは、一般的な人が見ると、以下の3つの回答が得られる。最初の2つは、立方体で、
1.それが外側に出っ張って見える場合。
2.それが内側に引っ込んで見える場合。(やがて、1.と2.が交互に見える様になる。)
そして、
3.平面による正方形と平行四辺形の組み合わせ、である。

しかし、マイク・メイには、これが3.即ち、平面の組み合わせとしか見えなかった。これは一体何を意味しているのであろうか?
実は、視覚とは、角膜を通し網膜に投影された可視光線を脳が読み取って映像化する、といった単純な作業ではなく、映像そのものに対して、考察、補完をしているのだという。この考察や補完とは、簡単に言えば、経験や学習によって得た知識を、映像に対して、いちいち当て嵌める、つまり"類推"を行うという事である。例えば立方体は、どこから見ても全6面のうち、3面しか見ることが出来ない。だが人は、立方体を見る時にこの事実をいちいち確認しない。だが、脳内では、この事実は非常に重要であり、類推の際の大きな手掛かりとなる。そして、この他にも沢山の要素が必要となる。例えば、立方体に当たる光であったり(各面の色の違い)、立方体が周囲に映し出す自身の影であったり、そういったものを総合して、この立体が立方体で、しかも、出っ張っているのか、引っ込んでいるのかを判断しているのだ。ところが、この、線のみで構成された平面では、そういった情報が欠如しているため、それが、出っ張っているのか引っ込んでいるのか判断できず、脳が混乱をきたしてしまうのである。その結果が、回答1.と2.である。
では、マイク・メイには、これがなぜ立方体に見えなかったのだろうか?(この項、つづく)