ウイスキーに合うアルバム No.12 - ジョン・レノン 『心の壁、愛の橋』(1974)

この企画にふさわしい1枚である。ジョンのファンであれば今更説明するまでもないが、このアルバム『心の壁、愛の橋』(John Lennon "Walls and Bridges" 1974)は、いわゆる"失われた週末"(The Lost Weekend)期に制作されたものである。"失われた〜"というのは、ジョンがヨーコに別居を提案され、その冷却期間として単身LAの地で過ごした約1年数ヶ月を指すが、実際には、メイ・パンという秘書兼メイドの娘をヨーコからあてがわれ、リンゴやハリー・ニルソン、キース・ムーンといった仲間達と、夜な夜な街へ繰り出しては飲んだくれ、泥酔して傷害事件まで起こすといった、荒れに荒れた時期であった。そんな生活にピリオドを打ったのがこのアルバムで、この後、エルトン・ジョンのコンサート会場へ飛び入りしたジョンと、偶然会場に訪れていたヨーコは再会し、この"失われた週末"は終わりを迎えたのである。…うろ覚えの知識で申し訳ないが、このアルバムが、飲んだくれにふさわしいのは、こうした理由からである。
個人的には、"ウイスキーに似合う〜"というくくりを抜きにしても、ジョンのソロアルバムの中でも一番好きな作品である。その理由は、このアルバムには音楽的にヨーコの影が無いからだ。つまり、具体的な声や、音として、彼女が登場していないのである(07.「夢の夢」に登場する囁き声は一般的にメイ・パンのものとされるが、後にヨーコが自分のものだと主張している。しかし、どう聞いてもヨーコの声とは思えないんだが…)。そして、政治色、宗教色、といった社会思想的な煽りも殆ど感じられない。もちろん、歌詞にはそれらを想起させるものもあるが、具体的な文言としては登場しない。要するに、ただ思いのたけを綴っただけのアルバムであると言ってもよいのだ。
いきなりヘビーなナンバー、01.愛を生きぬこう(Going Down on Love)で幕を開けるこのアルバムだが、まんま、"失われた週末"の始まりを意味する曲なんだが、もうね、殆ど、やけっぱちって感じのナンバーで、当時のジョンの心境を如実に表している。続いては、大ヒットナンバーとなったエルトン・ジョンとのデュエット曲、02.真夜中を突っ走れ(Whatever Gets You Thru the Night)だ。疾走感溢れるナンバーで、何といってもボビー・キーズのサックスがそれに拍車をかけており、グラスを呷るピッチも自然と上がるご機嫌なナンバーだ。因みにボビー・キーズも、飲んだくれ仲間のひとりであった。03.枯れた道(Old Dirt Road)は、飲んだくれ仲間のニルソンのハーモニーが美しいが、続くナンバーは超ファンキーでご機嫌な04.ホワット・ユー・ガット(What You Got)。このアルバムは、こういった静と動のバランスが際立っているのが特徴で、最後まで飽きることは無い。ここではジョンの絶叫型のボーカルを聴く事が出来るが、それだけでもう鳥肌モノである。個人的にお気に入りなのが、07.夢の夢(#9 Dream)だ。大量のリバーブが掛ったVoとストリングスは、スペクターのウォール・オブ・サウンドをジョンなりに昇華させたものだろう。何か、本当に夢の中を彷徨っているようなサウンドは、酔いを加速させる。
さて、今回のハイライトは何と言ってもこの10.ビーフ・ジャーキー(Beef Jerkey)である。途中で拍子が変わって混乱するが、これがまたしても酔いを加速させる。"失われた週末"では、誰もが自暴自棄になり、死ぬつもりで飲んでいたと言う。その時ジョンが何を飲んでいたかは判らないが、ビーフ・ジャーキーならバーボンだろうと勝手に推測するのである。




AL仲間のハーママさんから頂いた、手作りの極上ビーフジャーキーと共に。死ぬほど美味い!

11.愛の不毛 (Nobody Loves You(When You're Down and Out))。例えば、愛する人が自分の元を去ったとして、神様、お願いだから…と、いくら祈ったところで、決して助けてはくれないだろう。世の中は私にとってあまりにも不条理であるから、私がいくら愛されたいと懇願しても、人は私を愛さないだろうし、喜びを分かち合いたいと申し出ても、人は私の元を去っていくだろう。だから、きっと、私が死んで、6フィート下の地中に埋められた時に、或いは大海原に遺灰をばら撒かれた時に、初めて、ああ、あいつのドラムは最高だったよ、とか、私はあなたを愛していました、と言ってもらえるのだろう。まあ、この話は忘れてくれ、単なる酔っ払いの戯言だから。



心の壁、愛の橋

心の壁、愛の橋