『テクノポップ・ディスク・ガイド』

80年代当時のテクノポップは、現在のいわゆる"テクノ"とはその意味合いが大きく異なる。テクノの発生を時系列的に説明するなら、肥大化した商業ロックが蔓延していた70年代後半、突如としてパンクが発生し、直後にテクノポップニューウェーヴが出現、暫くしてエレポップが発生、大雑把に言えばこんなところだ。当時、実際には、これらの音楽は渾然一体となっており、例えば、音はピコピコしたシンセサウンドでテクノ的であるが、演奏自体は100%人力で、非常にパンキッシュであったりと、そんなバンドがうじゃうじゃと湧いていた。
そんな状態であったから、もし、自分が、この時代のテクノポップという音楽を、きちんとした形で紹介しろ、と請われても、御免こうむると言わざるを得ない。その音楽の時代の真っ只中にいた人間としては、俯瞰で論じることが非常に困難であるのだ。まあ、夢中になりすぎていたので、冷静に判断が出来ないといったところだ。



いつもの様に、書店をぶらついていたら偶然見つけた一冊。タイトルの通り、ガイド本である。テクノは多方面のジャンルを巻き込んでひとつの時代を形成してしまったので、当時の音楽シーンの全てがテクノに染まっていたといっても過言ではない。だから、テクノっぽい音が収録されたアルバムを、無節操に引っ張り出して紹介しただけ、とも言えるが、それが決して悪い事とは思わないし、無責任な編集だとも思わない。むしろ、この時代がいかに混沌としていたかが良く判る編集だといえる。
当時、日本のテクノを牽引していたのは、ポップスの王道を往く様な人たちではなく、フュージョンプログレといった、演奏が非常に難しい、いわゆる"テクニック至上主義"的な音楽を目指していた人たちであった。例えば、リズムはあくまでも正確で、ライブに於けるグルーヴ感は意識的に排除、といった、非常にストイックな演奏を目指していたがために、それが突然変異を起こして、テクノになってしまった様な所がある。様々な方向に飛び散って行った音が突如として一点に凝集され、ジャストなタイミングで次々紡ぎ出されていく事の快感。それはまるで、子供の頃、小学校の社会科見学で見たパン工場の様であった。オートメーションで次々と生産される同じ形をした大量のパン。実は、あの時から、オレはテクノだったのだろう。