ラジ(Rajie)の『アコースティック・ムーン』を聴く

最近、何かと偶然的な出来事に出くわすことが多くて、なにやら戦慄を憶えたりする事しきり。先日、例によって密林を彷徨っていたら、たまたま数年前にリイシューされたラジ(Rajie)のCDのうちの1枚がとんでもなく高値で、まあ、こういう時は今後の入荷が見込めないか、廃盤なんだけど、あれ、このアルバム持ってない…『アコースティック・ムーン』。こうなると俄然欲しくなってしまうんだけど、ここでポチるのは素人というもの。密林では自動的に価格が上がる仕組み(再入荷すると通常価格に戻ったりもする)なので、他を当たってみる。すると、最初に訪れたタワレコのオンラインで早速引っ掛かる。価格はもちろん定価だ。タワレコセブンイレブン経由で受け取ると、送料無料、支払い手数料無料で完結するのでよく利用する(唯一の欠点は到着が2日ほど余計にかかること)。手続き完了後、何気なくFacebookのタイムラインを眺めていたら、広谷順子さんがお亡くなりになったという記事が…。彼女は日本の音楽シーンを支えてきたアーティストで、様々なミュージシャンやアイドルのバックコーラスを務めるだけでなく、素晴らしい楽曲を数多く提供されてきた人だ。個人的には90年代のアイドル、Qlairの「お願い 神様」が好きすぎて、そのせいで彼女の名前も強く記憶に残っていたのだ。

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さて、待つ事4日。ブツがようやく到着した。実はこのシリーズのライナーには、ラジと高橋幸宏の対談、高久光雄のインタビューが載っており、それも前作で途切れてしまっていたので、楽しみにしていた。読み進めて行くうちに、何やら冷や汗が背中を伝って行く。そこにはこんな感じの内容が書かれていた。…最近、ラジさんの様な80年代のAORが再評価されてきて、タワーレコードなんかでも、広谷順子さんのアルバムなんかが積極的にリイシューされてますよね…。あれ?なんだろう? 悲しい話をオレは先日聞いたばかりだぜ…。 この対談によれば、ラジと広谷順子はよく現場を共にしていたそうで、旧知の仲だった事が伺える。偶然ってのは自分の行動だけではコントロールできない何かが働いているんだろうな。そういえば、最近、Qlairのアナログ盤が出るって話題になったり、そんな出来事の全てが不思議と繋がっている。

ところで、この『アコースティック・ムーン』、なぜ未入手だったのかというと、実は前々作『キャトル』と前作『真昼の舗道』まで高橋幸宏がプロデュース担当だったのだが、この作品からは高久光雄に変わってしまったからだ。当然、バックミュージシャンも変るし音も変わる。テクノ寄りだったサウンドが、一気にAOR化してしまった。ライナーに書かれていた幸宏の発言だが、(海外から帰国すると)世間が少しばかりAORに巻き戻っていて、その反動で、鈴木慶一ビートニクスを作ったらしい。要するに、この時期の音楽シーンは、実はニューウェーブ一色には染まらなかったという事なんだろう。収録曲の「ブラック・ムーン」はマクセルのCMソングに起用されたが、パッとしなかったのも事実。まあ、それで未聴のままだったんだが、彼女自体の歌声はすごぶる好きで、購入するか悩んだのも事実だが、結局は断念したのだった。

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では早速聴いてみよう!前述の通りバックはテクノからAORへ。帯にはYMOからパラシュートへ…と書いてあるが、これはいくらなんでもいい加減過ぎかな。確かにパラシュートのメンバーは多く参加しているが全員ではないし、他のミュージシャンも数多く参加している。何よりもパラシュート的なアプローチはなく、あくまでも名うてのスタジオミュージシャンたちの演奏と考えるのが妥当だろう。当然ながら演奏は非の打ち所がないし、あの当時の極上のシティポップが堪能出来るのは間違いない。逆に言えば、テクノ的な要素はほぼ皆無で、そちら方面から訪れた人にとっては物足りない音といえよう。

01.ROSY BLUE。杉真理による典型的な80年代シティポップ。曲のクオリティは非常に高く、現代でも十分通用する色褪せない音作りに脱帽する。リマスターは他の同時にリイシューされた4枚のアルバムと同じく、吉田保の手によるもの。メロウ過ぎず、かといってぎすぎすしない極上の音だ。ラジの声はハスキーで硬質なイメージがあるので、やもすればキツイ印象になりがちだが、そこをうまくセーブしている。03.アコースティック・ムーン。インストの小作品だが、昔はこういったアルバムの手法が流行った。05.ブラック・ムーン。前述の通りマクセルのCMソングでシングルカットされた曲。ちょっと門あさ美の『セミ・ヌード』辺りを思い出してしまったが、調べてみたら同じ年に発売されていた。やはり、全体的にこの手の音が流行っていたのだろう。07.Do you wanna dance、は語尾を上げて歌うのが可愛いが、この手の曲調は石黒ケイとかあの辺りの感覚に近い。11.リラの日曜日。高橋幸宏作曲だが、打ち込みではない。耽美的で不協和音を多用したサビは、当時の幸宏の感覚なんだろうが、これでアルバムが終わってしまうのがちょっと寂しすぎるかな?という気もした。何かもやもやとした、あの嫌な日曜日の夜の感覚。元気な時に聴くのがいい。