お正月に何を聴く? 2016

毎年恒例のこの企画なんだが、今年は元日からすっかり風邪を引いてしまって、何も聴かずに寝ていたというのが正直なところ。まあ、人間、本当に身体や心が病んでる時にはあまりやかましい音楽は聴きたくない。
暮に買い漁った本を布団に潜り込んで何となく読んでいた。そう、ユリイカのサティ特集号を手に入れたんだった。何年か前に、LPは何枚も持っているのにまともなCDを持っていない事に気が付いて、チッコリーニのサティのピアノ作品集5枚組を入手したんだが、思い出してみれば、通り一遍聴いただけでじっくりと聴き込んでいなかったっけ。彼は去年の2月に鬼籍に入ってしまったので、その追悼の意味も込めて、今年最初に聴く音楽はチッコリーニのエリック・サティに決定!

サティの音楽を一番最初に聴いたのは恐らく80年代に入ってからだと思う。この頃、楽曲の版権が切れたためメディアで一斉に使われる事になったのだが、日本人はなぜかサティが大好きで(本国フランスでは考えられないほどの人気らしい)、CMやらドラマや映画のBGMやら、ありとあらゆる場面でサティに出くわした。それから既に30年以上の年月が流れてしまったなんて俄かには信じられないが、その間に、サティの楽曲は市民権を得て、ここ日本という東の果ての島国にすっかりと馴染んでしまった。

ところで、チッコリーニのサティだが、さすがサティやドビュッシーオーソリティーだけあって、これはもう完璧な演奏と言えるだろう。それでも個人的には、例えばシャンソン曲の「Je te veux」(君が欲しい)などは、多少のんびりし過ぎている気もするし、「Poudre d'or」(金の粉)は少しばかり大げさかなあとも思う。だが、他の多くの楽曲は、概ね自分の解釈に合致しているといってもよく、「Gunossiennes[No5]」(グノシェンヌ5番)や「Petite ouverture a danser」(舞踏への小序曲)などはベストだ。サティの楽譜には、本人による演奏の指示がこれでもか、というくらい書き込まれているものが多いが、それでも、演奏者の解釈や気分が如実に反映されてしまうのはサティならではという気もする。それは、聴く方もまた然りで、聴く時の気分によって受ける印象が大きく変わってしまう。しかし、サティの曲が現風景を大きく捻じ曲げてしまう事はまずない。
大きな水槽に一滴のインクを垂らす。それは一瞬、蒼い煙を水中に出現させるが、やがて、まるで何事もなかったかのように水と同化してしまう。人々の心の中にあの青い煙は確かに残るのだが、その痕跡はもうない。

この5枚のCDを聴き終える頃、風邪はもう治っているのだろう。