シオドア・スタージョン『人間以上』

P-MODELが1993年に発表したアルバム『Big Body』に収録されている「HOMO GESTALT」という曲がある。この「ホモゲシュタルト」という意味が、当時は全く判らず、なんとなく、Homo sapiensとドイツ語のgestaltの造語っぽいものという認識でしかなかった。平沢の書く歌詞は難解で、字面から理解しようとしても不可能なものも多い。この「ホモゲシュタルト」もネットが普及してようやく、シオドア・スタージョンSF小説『人間以上』("MORE THAN HUMAN" 1953)に登場するものだと知る。



バンド関係の知り合いで、ゴトー&カメレオンズのゴトー氏と懇意にさせてもらっているのだが、氏は高校時代SF研究会に所属していて、そちら方面にも明るい。そこで、この作品について尋ねてみたところ、この世界ではかなり有名なものらしい。その一番の理由は、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』が、この作品の設定をヒントに描かれたものだからだという。後述するが、体が成長しない天才的頭脳を持つ赤ちゃんと、言語を持たないこの赤ちゃんのテレパシーを唯一受け取り翻訳することのできる少女などが登場する。登場人物はそれぞれが人間以上の能力を持つが、逆に人間としては成り立たず、それぞれが苦悩を抱えて生きている、と、まあ、確かに009に通じるものがある。

さて本題。この作品、ゴリゴリの近未来SF小説と勝手に思い込んでいたのだが、読み始めてみると、そういった気配はほとんどない。むしろ、SF作品ではなくごく一般的な文学作品として捉えても非常に面白い。表現は緻密で、作品全体を一貫して覆っている雰囲気にも独特なものがある。SFというアウターを纏ってはいるがその範疇に収まり切れない、非常に文学性の高い作品といえよう。ただ、各章が別々に執筆されたという経緯から、全体的に見ると構成に難があるのは否めない。
最初は二人の姉妹とその父親の話だ。父親はこの姉妹を大きな屋敷と広大な敷地に幽閉し、外界との接触は完全に遮断されている。この父が求めているものは、姉妹を少女のままにとどめ、その楽園を未来永劫維持する事だが、無論、その妄想はあっさりと破綻する。妹はやがて性の萌芽を迎え、それを外界より感じ取った"白痴"なる男が、バリケードを突き破り接触に成功するが、妹は父に殺され、父も自害する。話はその後、物体を瞬時に移動させる能力を持つ少女や、瞬間移動が可能な黒人の双子の幼女(基本的に奇声しか発しない)、成長を全くしない赤ちゃん(ただし、頭脳は普通の人間を大きく上回る能力を持つ。)、そして、自由に相手の意志をコントロールできる少年(ただし、浮浪児として生活をしていた)が登場する。彼等は人間としては精神的、肉体的に大きな欠陥があり、社会ではまともに生きて行けない者たちだ。やがて彼等は出会い、そして、それぞれがそれを必然であると感じる。彼等は人間で例えれば完全体ではなく、ひとつのピースでしかない。全員が集まって、ようやく一つの人間として機能するのだ。しかも、ひとりひとりが、一般的な人間を遥かに超えた能力を持つのである。さて、これから先、彼らが悪の組織に立ち向かうために国家の秘密機構に雇われたり、地球防衛軍を組織したり、な〜んて展開は一切なく、やがて、白痴は死に、最後に彼に代わる人物が現れ、最終的には、この集合人=ホモゲシュタルトが、人間としてのモラルを獲得したところで物語は終わる。えっ?それだけ? そう、それだけの話。もちろん、小説としては色々な展開があるのだが、いわゆるSFチックなそれはほとんどない。しいて挙げるとすれば、赤ちゃんが設計した、溝に嵌ったトラクターを引っ張り上げる装置(そこらにある部品を使って白痴が作り上げたごく簡単なもので、レバーの上下で浮遊したり沈下したりする)が、世界の仕組みを根幹から揺るがしかねない大発明、即ち、反重力装置であった事くらいか。だが、これも、やはりこの作品の本質に係わるものではない。本質は、あくまでも人間の在り方なのだ。ひとりひとりが不完全であるからこそ、他人を尊重し、繋がる。それこそが人間を完全体に近づける唯一の方法なのだ。もっとも、これを別角度から解釈すれば、それは人類補完化計画みたいなものになってしまうんだろうけど…。



ところでこの作品、もう何十年もの間廃刊状態が続いている。発売元は早川書房だが、理由は恐らく、翻訳が古すぎて差別用語が満載されているからだろう。白痴、黒ん坊、モウコ病、等々、数え上げたらきりがない。そんなわけで、オクや中古市場を漁ってみても、価格がすごぶる高い! 状態の悪いものでも500円(+送料)くらいはざら。状態のいいブツなら信じられないほどの高値で取引されている。一時期、価格が下がると思い、暫く様子を見ていたが、一向にその気配がなく、仕方なく「可」を入手した次第だ。