この季節に聴きたい。色褪せぬ名盤、松田聖子『風立ちぬ』

♪冬に咲く薔薇をあなたにあげるわ〜、…「冬の妖精」のこの歌い出だし一発で完全にノックアウトされたのが、まるで昨日の事の様だ。発売から既に三十数年の年月が経過しているというのに、このアルバムは一向に色褪せる気配が無い。
アルバムのサウンド・プロデュースはA面(1〜5)が大滝詠一(作曲、編曲)、B面(8「白いパラソル」を除く、6〜10)が鈴木茂(編曲)。そして、このアルバムから全面的に彼女の作詞を手がける事となったのが松本隆。言うまでもなく、元はっぴいえんどの面々である(実際にはっぴいえんどの全員が揃い踏みとなるのは次々回作『Candy』からである)。彼女のアルバムは季節感を強く押し出した作りとなっているが本作よりその傾向が一層強くなった。本作のイメージは、もちろん「冬」である。以前、このブログでも書いたが(こちら)、A面の大滝詠一サイドはアルバム『ナイアガラトライアングル vol.2』の楽曲とシンメトリーとなっている事が、大滝自身により語られている。従って、このA面は『ロンバケ』の女性版と言ってもいい(因みにシンメトリーな関係となっているのは、「風立ちぬ」と「オリーブの午后」、「一千一秒物語」と「白い港」、「いちご畑でつかまえて」と「ハートじかけのオレンジ」、「ガラスの入江」と「ウォーター・カラー」である)。
B面の鈴木サイドは完全にビートルズを意識したサウンド作りであるが、大滝サイドとの整合性は完全に保たれており、違和感の様なものは(SG「白いパラソル」を除けば)全く感じられない。6「流星ナイト」の面白いのは、イントロのギターがビートルズの「ヒア・カムズ・ザ・サン」("Here Comes The Sun")のアウトロに酷似している点。まるで、太陽が沈み、流星の夜が始まるかのようで、ビートルズファンは思わずニヤリとしてしまう。この曲や、7「黄昏はオレンジ・ライム」でのコーラス・ワークはビートルズサウンドそのものだ。ファンの間で、彼女のアルバムのラスト曲は必ず名曲であるという伝説が始まったのはこのアルバムからである。10「December Morning」、コーヒーを淹れてゲレンデからの彼の帰りを待っている、たったそれだけの描写なのに、聴く者の心はひどく揺さぶられてしまう。
従来の寄せ集めの様なアイドルのアルバムとは一線を画したこのアルバムは、アイドルという存在を一気にアーティストの領域にまで高めた。実力ミュージシャンと彼女との奇跡的な出会いが齎した魔法の様な一枚が、このアルバム『風立ちぬ』なのだ。



さて、このアルバムが最初にCD化されたのは1983年の事であるが、当時のCDの音はお世辞にもいいとは言えない状態で、更に廉価盤"CD選書"で発売された際には、それを補う形でプリエンファシスCDで発売されていた。つまり、アルバムの楽曲自体は色褪せないにも拘わらず、音質は色褪せた形のままとなっていたのだ。それがようやく改善されたのが、2009年の事。リマスタリングが行われ、"Blu-spec CD"仕様で発売されたのだが、今回はその最終進化形?"Blu-spec CD 2(BSCD2)"で発売となった。このBSCD2についての詳しい仕様はこちらを参照していただくと解り易いが、要するに、物理的なデータの元となるスタンパーをBDのラインと同等のものとし、CD盤についても高品質化している。このため、読み取り精度が向上しジッターが軽減、エラー訂正時にオーディオ信号へと流れ込むノイズ成分を極力押さえ込むことが可能だ。…とはいうものの、この高音質化の恩恵を受けられるのは、ハイエンドなオーディオ・セットだけだろう。しかし、リマスタリングされた事による高音質化は、計り知れないものがある事だけは確かである(ただし、リマスターの音源は2009年のものの様だ)。


風立ちぬ

風立ちぬ