松田聖子 『Pineapple』 のSACD/CD ハイブリッド盤を聴く(その1)

前回の『風立ちぬ』のSACD/CD ハイブリッド盤に続き(こちらこちら)、今回は『Pineapple』のレビューである。このアルバム、Blu-Spec CD2のレビューは以前にも書いたのだが(こちら)、SACDではどんな音になっているのだろう? しかし、この胸のトキメキは、このアルバムが発売された当時とまるで同じだ。レコード屋さんから逸る気持ちを押さえつつ、レコード盤を胸に抱え足早に帰った事が、まるで昨日の事の様に思い出される。個人的に『Pineapple』は『風立ちぬ』と同じくらい聴き込んだアルバムなので、当然全ての曲を熟知している。つまり、スピーカーから出た瞬間の音の違いを聴き分ける事が出来るアルバムのひとつだと言ってもいい。では早速聴いてみよう。


Stereo Sound」による『Pinapple』のSACD/CD ハイブリッド盤。デジパック仕様でオーディオマニア向けの解説書、SACD PRODUCTION NOTEが付属する。

アルバム01曲目の「P・R・E・S・E・N・T」は、歌詞の冒頭で、松本隆の代名詞ともいえる"微熱"という言葉を捧げてしまっている。当時、松本がどれ程彼女に入れ込んでいたかが窺える作品だ。フランジャーの掛ったリズムマシンハイハット(HH)の音から、そこにスネアが一発、タンッ!と入る。この導入部分からして、もう今までのCDとは雰囲気が違う。生のHHの音がはっきりと分離して聞こえるのが驚きだ。以前にも書いたが、このアルバムでは、歌の音程がかなりフラット気味に聞こえる箇所がいくつもあるのだが、ここを直してしまったら、曲の面白みは半減してしまう。歌の表情は音程に勝るのだから。個人的に気に入っている箇所はエンディングへ向かう前のブレイク部分で、ギターがまるで馬がいななく様な音を出すところ。それこそ何度も何度も、死ぬほど聴いた部分だが、SACDは完全に次元の違う音だ! それにしても、いかにも夏です的なサウンドは、どうにも心をときめかせて、ついあの頃にトリップしてしまう。もう、1曲目のこのクリアーな音を聴いただけで、このSACD盤を全肯定してしまいたくなる程だ。02曲目「パイナップル・アイランド」。珍しく打ち込み音が主体で、生ドラムは使っていない。水の流れる効果音が、今までのどのCDよりも生々く聴こえるし、ベースのやや抑え気味のチョッパー音も気持ちいい。個人的な聴き所は「♪し〜ろい、ラ〜グ〜ン、まで〜」の「まで〜」の気の抜き方だ。もちろんSACDは上手くやってくれた。03曲目「ひまわりの丘」。この曲は失恋ソングだが、一部では彼氏が死んでしまった後の話という設定説もある。曲は来生たかおで、そのせいか船山元紀の編曲もピアノ寄りで、来生が標榜しているギルバート・オサリバン的なアレンジでもある。冒頭のポータブル・ラジオから流れているピアノ音(過去)から、突然現実のピアノ音に切り替わる瞬間の緊張感が最高にいい。あくまでも力強く伸びやかな歌声から、語尾ですとんと落として、後、非常に繊細なビブラートで締めくくる歌い方は、この時点で既に芸術の域に達していると言っても過言でない。例えば、「♪ただこわ〜がって〜、い〜、た」の、この「た」の表情は、今までのどのCDからも聴き取る事が出来なかった、微妙なニュアンスまでをも表現している。04曲目「Love Song」は財津和夫の作品で、このアルバム中、最もおとなし目の曲だ。故に、全体を覆うアンニュイさをどこまで表現できるかが重要だ。キモとなるのは、冒頭の掠れ気味のつぶやく様な歌声。かつてこれほどまでにハスキーに聴こえた事はなかったと思う程で、それがあくまでも自然で柔らかに聴こえるから不思議だ。「♪My Love〜」とファルセット気味に歌い上げる部分もしかり。とにかく、彼女の声がすぐそばで聞こえる様なリアルな存在感が有る。05曲目「渚のバルコニー」。呉田軽穂こと松任谷由実作曲のシングル曲だが、『風立ちぬ』における「白いパラソル」の様な、内容的、音質的な違和感は全く無く、上手く溶け込んでいる。もちろん、アルバム制作当時に音のすり合わせの様なものは有ったのだろうが、あたかも、アルバムの為に用意された曲の様にさえ思える。SACD盤での聴き所は何と言っても、バズと今は亡き須藤薫によるコーラス部分だろう。曲に完全に溶け込んでいるにも関わらず、エンディング部分では、メイン・ボーカルと鬩ぎ合うが如く、それぞれが主張し合ってているのがいい。
あっと言う間にA面が終わってしまった…この項つづく。