ジェフ・ベック『ワイアード』のSACDを聴く

今年2016年はハイレゾ元年といってもいいだろう。ハイレゾファイルの配信も本格的に始まり、"ハイレゾ"という言葉が一般に浸透した相乗効果で、オーディオマニア以外には受け入れられていなかったSACDも、ようやく日の目を見たという感がある。ただ、このハイレゾの持つスペックに懐疑的な人も多く、例えば、初期デジタル録音はCDと全く同じスペックのPCM録音なので、それをSACD化してもそれ以上の音になる事はないという考え。しかし当時は、最終的にマスター・テープになるまでに様々な作業を行っており、その過程にはアナログもデジタルも混在している。現在の様に、デジタルTOデジタルで完結する作業ではなかったのだ。また、デジタル録音を謳っている作品であっても、マスターはアナログという場合も存在する。したがって、PCM録音だからハイレゾ化の意味はないという事ではない。また、CDの音が可聴範囲の限界なのだから、それ以上の音が収録されているハイレゾは意味がない、という考えもある。まあ、ここからは持論だが、そもそも人は耳だけ、つまり聴覚だけで音を聴いているわけではない。骨伝導を引き合いに出すまでもなく、まずは骨で聴いている。ライブハウスなんかで轟音の中に身を置くと、特定の周波数が頭蓋骨を共振させて気分が悪くなる、な〜んて事は普通にある話。ずしりと五臓六腑に響き渡る重低音は体が振動している証拠だし、それ以前に皮膚が音を感じているのである。また、髪の毛は非常に敏感で、微かな空気の振動をも感じ取ることが可能だ。もちろん、毛髪自体に音を感じ取る機能はないが、毛根がこれを敏感に察知する。つまり、ふわりと木の葉が一枚頭に落ちただけで、それと判るほどの能力を持つ素晴らしい感覚器官なのだ(ある種の昆虫は、体毛の太さや長さが違い、それぞれが対応する高周波を感知する様な構造になっているが、毛根がこれを聴き分けていることは既知の事実である)。このように、人間の体は全身が感覚器官であるといってもいい。それが聴覚の可聴範囲のように完全に数値化されて提示されていない以上、現段階でハイレゾに意味がないと断じることは出来ないのだ。まあ、一番の問題は老化による聴力の低下と、オーディオセット自体の能力の限界といったところだろう。残念だが、前者はどう頑張っても無理、後者もなかなか難しい問題ではある。オーディオオンリーで金を注ぎ込めることが出来ればなぁw


実は7インチ盤(EP盤)と同じ大きさで、しかも紙はペラペラで強度不足。正直収納に困る。

さて、気を取り直して本題へ。このジェフ・ベックの『ワイアード』("Wired" 1976)は恐らく彼にとって一番の代表作といえるだろう。個人的にはリアルタイムで聴いていたジャストの世代で、当時組んでいたバンド名がアルバムの曲から頂いた「Sophie」だった。バンドでコピーしたこともあって(いや、もちろんなんちゃってコピーだけどさw)前作『ギター殺人者の凱旋』("Blow by Blow" 1975)と次作『ライブ・ワイアー』("Jeff Beck With the Jan Hammer Group Live" 1977)の3枚は飽きることなく聴き込んだ。しかしこのアルバム、楽器によってはちょっとオーバーレブ気味の録音で、例えば、「Led Boots」の頭のハイハットの音だとか、ギターソロなんかもオーディオ的にはギリギリの歪み方だ。そもそもアルバム全体が楽器の音のせめぎあいみたいな印象があって、ある場面では左右でバトルを繰り広げ、ある場面では団子のように絡み合って格闘する、とまあ、そんな感じだ。当時、ビルボードなんかじゃジャズ部門に分類されていたと記憶しているけど、録音は一般的なジャズのレコードが持つ、繊細かつ高音質の録音というイメージとは大きくかけ離れていて、いかにもロックの音、だったのである。CD時代になってから買い直したが、その時の印象はちょっと変わってしまって、あれ?もう少しささくれていたと思っていたんだけど結構丸いなぁ、という感じだった。音の団子も毬の弾むがごとく機敏で、意外と洗練されていた。
さて、ワクワクしながら聴いたSACDの印象はというと…、アナログ時代に戻ったように、ささくれていたw ただし、音の分離が信じられないほど良くて、団子の中にある各楽器がしっかりと判別できる。エッジはフレッシュかつ鋭角で、脳天にグサリと突き刺さるジェフのギターが恐ろしいほど。ヤン・ハマーのシンセの高音部分がメロディに纏わりついてワシャワシャ鳴ってるのが気持ちいい。ナラダのバスドラは細かくビートを刻み、それが体に入り込んでくるとまるで自分の心臓の鼓動みたいだ。ああ、気持ちいいなあ。まあ、当時死ぬほど聴き込んだアルバムだから、細かなディテールまで知り尽くしている分、音はよく聴こえる。もっとも、思い出補正というフィルターが掛かっているのかもしれないけれど、やはり名盤と呼ばれるアルバムは、総じて説得力のある音を聴かせるものなのだ。


同梱された付録の数々。帯は初期と後期の両面印刷。中央はTシャツプリントの縮刷版。広げてあるのはポスター兼ファミリー・ツリー

最後になったが、当アルバムはSACDとCDのハイブリッド盤で、SACDはデュアルレイヤーで2chと5.1chの出力が可能な計3エリア構造となっている。つまりSACDプレイヤーを持っていない人は通常のCDプレイヤーで、SACD 5.1chのシステムを未構築の人でもSACD 2chで普通に再生できるという事だ。CD層はSACDDSDをCDにトランスファーしたもの。ちなみに5.1chには、当時発売された"QUADROPHNIC"なる4ch録音盤に倣ったレイヤーが収録されており、本編未収録のギター・トラック等が収録されているらしい。いつかは聴きたいものだ。