妄想という名の記憶

子供の頃の記憶というのはとても曖昧で、例えば、非常に現実離れした体験であっても、それは(大抵の場合)大人に話した瞬間、嘘になってしまう。だから、その時に起きた本当の奇跡なんてのは、誰の記憶にも残ってはいない。ただ、もし、そういった奇跡が現実にあったのならば、その逆、つまり、とても残酷で、そこから先の人生全てを否定してしまう様な最悪な出来事が起きていたとしてもおかしくはない。その真実は、記憶の彼方に閉じ込められているだけなのかもしれないのだ。

あれは、自分がまだ幼稚園の頃、つまり4〜5歳の頃の話だ。その頃の時代は、近所の子供たちでのコミニュティが存在しており、大抵の場合は、リーダーとなる年長者が、幼い子供たちを取りまとめて、様々な遊びに興じていた。ただ、たまに外部の集団、つまり、隣町のグループなんかが、自分達のテリトリー(遊び場)を荒らしに来る様なことがあって、そんな時は、力をあわせて戦わなければならなかった。話は、そんないざこざが起きた日の事。場所は普段よく遊ぶ神社の境内。リーダーは小学3年生のK君。人数的には7対4くらいで、こちらが上回っていたが、あちらは全員が小学生の様だった。戦いが始まると、もう何がなんだか判らない団子状態。ただ、誰もが危険だと思っていたのは、その神社の裏が、非常に高い、切り立った崖になっていたという事(団地4〜5階の高さ)。そんな嫌な予感は的中し、敵のリーダーは崖から転落してしまった。誰が、どうやって、というのは判らない。ただ、自分の手が、確実に彼を突き飛ばしていたという記憶はあった。敵の子分はすぐさま崖の下へと向かった様だ。K君は私達を集めると、こんなことを言った。「今起きた事は、絶対に誰にも喋ってはいけない。」「家に誰かが訪ねてきても、出てはいけない。」そして、「この事は全て忘れるんだ!」と。すぐに家へ逃げ帰ると、ただただ、警察が来ない事を祈りつつ、親の前では何食わぬ顔をし、その夜は布団を頭まで被って寝た。
記憶はここまで。しかし、もしも、崖から突き落とされた彼が、大怪我を負ったり、或いは最悪、死に至るような事になっていれば、その後は大騒ぎになった事だろう。勿論、警察だって動く筈である。しかし、そうはならなかった。な〜んだ、じゃあ、何にもなかったんだよ、と思われるかもしれない。しかし、違うのだ!何が?? 実は、この記憶は、中学2年の時に、突如として蘇ったものなのだ! 話はこうだ。
その頃の私は、毎晩の様に酷い悪夢を見るようになっていた。夢の中身は漠然としており、物語らしきものは無い。ただ、自分が常々恐怖に感じている事、例えば、自分が傷つけられる、或いは、殺される事。そして、逆に、人を傷つける、或いは殺してしまう事。そんな漠然とした出来事が起きていた様だ。が、ある日、それが具体的な物語として現れたのである。その夢の中では、自分は幼稚園児である。そして、誰だか判らないが、小学校中学年の男児を、皆で崖から突き落とす光景! その瞬間、ひきつけを起こしたかのように布団を跳ね除け、飛び起きた。思い出したのである。それまで10年近く封印されていた全ての記憶を!

翌朝、目を覚ました時、自分は、かつて、確実に人を殺めたのだという恐怖心が全身を突き抜けた。が、同時に、その記憶が真実であるという根拠を探そうと必死になったが、こちらもまた得ることは出来なかった。そればかりでなく、数日経つと、夜中に布団を跳ね除けた時点が、夢の中の出来事の様な気もしてきた。つまり、夢の中で、幼い頃人を殺す夢を見て、その恐怖で目が覚めたが、それもまだ夢の中の出来事だったのではないか? こうなると、何処までが本当の記憶で、何処までが夢の中の妄想であったのか区別が付かない。ただ、私は、その時以来、随分と長い年月を、かつて、自分は人を殺したのではないか?という妄想という名の記憶に苛まされて生きて来た、というのは、事実である。


BGM/Art of Noise